毎週聴いているラジオのなかで「エピクテトスを読みなさい!」という話題になっていました。
エピクテトス‥‥初めて聞く名前です。
ラジオで話していたところによると、古代ギリシアの奴隷出身の哲学者だそうです。調べてみると読みやすそうなものがあったので早速読んでみました。
哲学に関する本は10年ほど前に「ソクラテスの弁明」を読んだ程度でしたが、哲学に詳しくなくてもとてもわかりやすかったです。
自分の中のもやもやが少し晴れて、これからの人生を生きるためのベースになりそうな内容でした。
今回は「エピクテトス 人生の授業」を読んで感じたことを書きたいと思います。
ブログをはじめての読書感想文です。
「我々次第であるもの」と「我々次第でないもの」
自由に至る唯一の道は「我々次第でないもの」を軽く見ることである
P.34
この世界には自分自身でコントロールできるものとコントロールできないものあります。
冷静に考えてみるとその通りなんですが、いかに自分がコントロールできないもの(我々次第でないもの)に執着しているのかと痛感しました。
親の病気、他人からの目、自分の年収など、そういったことばかりを気にして「あのときああしていれば」と後悔ばかりです。
過去を振り返っては後悔して、未来を見ては不安に包まれている日々です。そもそも未来も過去も自分でコントロールできるものではありません。
自分ができることは今を生きることだけです。そんなこと当たり前で、わかっているはずです。
今を生きることを大切にしなければいけないのに、昼寝をしたり低俗なニュースを見てダラダラと過ごしてしまいます。
そして後悔をして自己嫌悪に陥る。
そんなことを繰り返して30年以上も生きてきました。
快楽は手短に済ませて、自分に関心を向ける
快楽を遠ざけることで、どれほど君は喜び、自分で自分を讃えることになるかわかるだろう
P.118
無職になって1ヶ月。
ひたすらにだらけて過ごすわけでもなく、どうにか自分を動かして過ごしているつもりですが、ダラダラとする無駄な時間もたくさんあります。
これまでの人生を楽なほうへと流れに流れてきた分、もっともっと頑張らなければなりません。
「ストイック(禁欲主義)」という言葉はストア派の哲学に由来しており、エピクテトスもストア派の哲学者です。
しかしエピクテトスは快楽を「絶対ダメ!」としているのではなく「短時間で済ませなよ」と言っています。
そこに優しさを感じるというか、親近感を感じるというか、人間臭さを感じました。
頭ごなしに禁止するんじゃなく「ほどほどにしなよ」と優しく言われるほうが、逆にもっと頑張ろうと思えるのが不思議です。
快楽に溺れがちな自分にも手が差し伸べられているような気持ちがしました。
たとえば、長時間身体を鍛えたり、長時間食べたり、長時間飲んだり、長時間排泄したり性交したりすること。むしろこれらのことは、ほんの片手間にしなければならない。
P.185
ごろごろしていないでちゃんとやることをやろう、そして将来の自分に感謝されるようになろうと考えるようになりました。
たまにそのまま寝ちゃうときもありますが、以前よりは昼寝の時間も短くなったはずです、たぶん。
他人ではなく「自分自身がどう思うか」
自分自身にそう思われるだけでよい。それで十分である。
P.138
自分がどれほど他人と比べたり、他人の目を気にしているのかとも思わされました。
今の自分にある不安や焦り、後悔などは他人と比較しているから生まれてくることばかりです。
高校の同級生が大企業に就職して子どもを育てていたり、有名人が自分の年齢のときにこんなことをしていたとか、そういうことを見聞きしては気持ちが不安定になります。
しかし過去を後悔したところでどうしようもできません。自分でコントロールできるのは今をどう生きるかしかないのです。
そしてその過去があるから今があるわけで、じゃあ今の僕は不幸なのかと言われれば、決して不幸ではありません。
むしろ幸せです。特に不自由なく生きてることができています。現在職はありませんが。
自分のことをしっかりと客観視して、冷静に判断して、不要な後悔や焦ることなく、しっかりと生きていかなければと思いました。
過去はどうにもなりません。
今をしっかりと生きるしかないんです。他人の目を気にせず、自分のチカラで頑張るしかないんです。
まとめ:エピクテトスから精一杯生きることを学ぶ
「エピクテトス 人生の授業」を読んで考えたことでした。
「過去は過ぎ去りもうない 未来きたらずまだない」
昔聴いていた歌の歌詞を思い出しました。
過去を後悔しても未来を期待したり不安に思っても何も生み出しません。
過去や未来をコントロールできないように、自分の命の長さもコントロールできません。
だからこそしっかりと危機感を持って、今の自分を精一杯生きなければならないなと思わされました。
本当に当たり前なことで、圧倒的な正論です。
それでも時として不安に包まれたり、自分に奢ってしまうことがあって、当たり前なことを忘れてしまうことがあります。
自分がぶれてしまったときに位置を戻すために、手元に置いて度々読み返したいなあと思いました。