父親にがん(腺がん)が見つかって感じたこと。

不安そうに窓の外を見ているイラストのアイキャッチ

会社の最終出勤日が迫ったころのことでした。
あと数日でついに解放される、これから毎日何をやって過ごそうか、なんて少しわくわくしていました。

そんなタイミングで父親のがんが見つかりました。

会社からの帰り道に携帯を見たら、母親から「このあと電話してもいい?」と連絡が来ていました。普段と温度感が違ったので違和感はありました。

実は僕の父親はパーキンソン病患者なんです。
それについての話かと思ったのですが、まさかそれに加えてがんが見つかったとは。

今回は、父親にがんが見つかって感じたことを書きたいと思います。

書くかどうか迷ったんですが、書くことで整理できたり、見えてくることもあるかなと思いまして。

目次

父親に腺がんが見つかる前から時間が迫っていることはわかっていた。

両親が老いるということ

30代も後半になると、自分自身が若くないことを感じる機会が多くあります。

それは自分だけでなく、周りの人間も同じです。当たり前のように同じように時間を過ごしてきた人たちも同じように年齢を重ねます。

友達が結婚して、子供ができて、しっかりと育てている。そういう前向きな話だったら良いんですが、友人の親御さんが身体を壊したり、はたまた亡くなったりなんて話が耳に入ってくることも多くなりました。

それはもちろん自分の両親も同じで、実家へ帰るたびに両親が老いていくことを感じていました。

背中が小さく感じたり、足腰が弱っていることを感じたり、親は絶対的な存在でしたからね。よく聞くことですが、自分の老いを感じるよりも親の老いを感じるほうが辛いですね、ほんとに。

特に父親は、7年前にパーキンソン病であることがわかりました。日々の努力で随分と進行は遅いとは思いますが、それでも会うたびに変化は感じていました。

親にインタビューしておいたほうがいい

そんなときに好きな芸人がトークライブで「そろそろ我々も親にインタビューとかしておいたほうがいい」と言っていました。そういう年齢になってきている、と。両親が老いてきているから、もっと話を聞いたほうがいいという内容でした。

仮にどんなに両親が健康であったとしても、ちゃんとした順番であれば子よりも先にいなくなります。何か間違いがなければ、基本的にはそれが当たり前なことです。

自分にも両親との時間が日に日に少なくなっていることはわかっていました。

両親がどんなふうに生きてきたのか、実のところよく知りません。どんなふうに育って、どんなことを考えて、どんなふうに働いて、断片的にしか知りません。どうしても子である自分が話題の真ん中になることばかりでしたからね。

特に父親とは、あまりちゃんとした話をしたことがありません。父親と息子の独特な距離感というか、照れくささというか、どうもそういうことがあるんですよね。

今回、父親にがんが見つかり、わかっていたつもりでいた「いつまでも生きているわけではない」ということを改めて意識させられたというか、突きつけられたような感じです。

ただ、そんな気持ちになったんですが、まだまだ全然だめです。その後父親と会ったんですが、やはりどうも照れくさいと言うか、何話そうと考えてしまうことが多いです。

ちょっとずつ気軽に話せるように頑張ります。そうは言ってもまだ時間はあるはずなので。

がんに限らず、思えばずっと不安なことや心配なことから目を背けてきた。

腺がんの治療方針について、何も答えられない自分

病院へ行き、がんの詳細についてと今後の方針について先生が話してくれました。

  • 胃と食道の接合部分の腺がんであること
  • 他に転移がなく、手術ができること
  • 手術は系列の大きな病院で行うこと

ただ、パーキンソン病との兼ね合いもあるため、手術を受けるかどうかの即答はできませんでした。そのため後日実際に手術を行う大きな病院へ行き、さらに詳しい話を聞きに行くことになりました。

そのときに手術を受けるかどうか、今後について先生から「息子さんはどうお考えですか?」と訊かれました。

そして自分はその質問に何も答えられませんでした

「いやー」とか「えーと」なんて言って時間を稼ぎ、慌てて考えようとしても何も答えは出ず。どうにかひねり出したのは「父の好きなように」でした。そこでわかったんですよね、何も考えていないということが。

母はもちろんのこと、僕の妻も父の病気について一生懸命調べていたようです。がんとパーキンソン病の併発について検索して、色々と情報を入れていたようです。そして妻なりに父の手術について考えがあったようでした。

本当に僕の妻は素晴らしいです。逆に僕は父親の実の息子なのに何も考えることをせずに、考えようともせずに、本当に情けないな、と思います。

そもそも父親のがんが見つかる前から、これまで何も考えてこなかった

振り返ってみると、自分は大切なことを何も考えてきませんでした。

父親のパーキンソン病がわかった7年前も、ただその話を聞いて「そうなのか」と思っただけです。

パーキンソン病がどういう病気なのか、詳しく調べようとしたことはありません。未だにマイケル・J・フォックスくらいの知識しかありません。検索をして、現実を突きつけられるのが怖いのかもしれませんし、単純に怠惰なだけなのかもしれません。

就職するときだってそうですし、大学受験のときだってそうです。どこかで「なんとかなるだろう」と思っているようで、でもどうにもならずに目の前にやってきてから焦ったり、「なんでちゃんとやらなかったんだろう」と後悔します。

中学に上がるときも、全く想像がつかずに「そうはいっても一生小学生だろ、オレは」と本気で思っていたように思います。そして案の定、本当に中学生になってしまい焦りました。

将来の夢もありませんでした。どこか現実的に考えられないというか、やはり「一生子どものまま」とどこかで思っていたように思います。

変化や現実を受け入れようとしないんですよね。不安なことや心配なことがあるのに、いつだってそれらについて何も考えず、ただ見ないふりをして目を背けてきただけ。周りからすると妙に落ち着いているように見えるかもしれませんが、本当に何も考えていないんです。いつだってそうでした。本当に情けないな。

父親にがんが見つかってから、唯一思ったこと

病気のことについて調べたり、治療について考えたことはありません。

ただ唯一思ったことは、なるべく楽しいことばかりを考えてほしいな、ということ。

はじめに母親から電話で、がんが見つかったということを伝えられたときに、少し父親と話しました。
父親が言ったことは「苦労かけるな」という謝罪と「こんなはずじゃなかった」ということ。

そのときの声が震えていました。
今まで生きてきた中で父親が泣いているところを見たことがなかったので、胸に迫るものがありました。

ふとしたときに「今ごろ父親はどんなことを考えているのだろうか」と思うことがよくあります。
もともと僕が不安で眠れなくなることがよくあったので、布団に入ってふと「父親はよく眠れているだろうか」とか心配になりました。

実際のところは、当事者でなければわかりません。僕が想像している程度じゃとても及ばないくらいのことを考えているでしょう。

ただ思うことは、「なるべく楽しいことを考えて、楽しい夢を見て、よく眠れますように」ということでした。

とても幼稚な考えですし、そんな状況じゃないこともわかっています。でも、なるべく楽しいことばかりありますように。

父親のグランドセイコーを修理しておいてよかった

何も考えていないなりに自分から行動したことがあります。

それは、長いこと動かずに壊れていた父親のグランドセイコーを去年直したこと。

修理前のベルトの外れたグランドセイコー(56GS)の画像
針は動かず、ベルトも外れていた

父親が若いころにグランドセイコーを奮発して買ったことは聞いたことがありました。

メンテナンスしながら使っていたようですが、父親が引退するかしないかくらいのころに動かなくなったことも知っていました。

「直さないの?」と訊いたことがありましたが、「別に自分はもう働いているわけではないから付ける機会も少ないし、修理代が高いから」ということで遠慮していました。

修理前の裏蓋のメダリオンの剥がれたグランドセイコー(56GS)の画像
裏蓋のメダリオンも長年使っているうちに剥がれてしまった

ただ、やっぱり父親の思い出が詰まった時計だということは話の節々からわかっていましたし、だからこそずっと一緒に過ごしてほしいじゃないですか。スマホで気軽に時間がわかる今と違って、昔の社会人にとっての腕時計は重みが全然違いますからね。

お気に入りの時計を付けていてほしいと思ったし、そんな父親の姿を見たいなと思いました。直さなきゃ後悔するだろうな、と思ったんですよね。どうやったら父親が快諾してくれるかを考えて、やっと修理に出すことができました。

修理後のグランドセイコー(56GS)の正面からの画像
ベルトも溶接してもらい元通りに

修理に出すにあたって預かったのですが、まじまじと見てみるとたくさんの傷が刻まれていて、本当にかっこよく見えました。

陳腐な表現ですが、一緒に時を刻んできたのだなあ、と。仕事で辛かったときも、うまくいったときも、どんなときでも父親の腕にはグランドセイコーが巻かれていたんだなあ、と。

病院へ行くときも父親の腕にはグランドセイコーがありました。まだまだ一緒に過ごしてほしいなと思います。

修理後のグランドセイコー(56GS)の裏蓋の画像
メダリオンも綺麗

父親にがんが見つかり、これから思うこと

がんが見つかったとはいえ、まだ時間はある

なんだか随分悲観的になっていますが、まだ時間はあります。

父親とちゃんと話して、聞きたかった話を聞きたいですし、まだまだ自分から行動して父親に喜んでもらうことはできます。

ただ思うことは、どれだけやっても後悔はするんだろうなあ、ということ。
結局、やり切るなんてことはできないでしょうからね。どれだけ時間があったとしても、短いって思うでしょうし、人間ってたぶんそういうもんだと思います。

だけど「あれはやってあげてよかったなあ、親孝行できたなあ」と感じることが多くあるといいな、と思います。ただの自己満足ばかりになってしまうかもしれませんが。

いつか家族はいなくなる

父親のことばかり書いていて、幸い母親は元気ですが、そうはいってもいつかはいなくなります。

多くのオトナたちがそれを乗り越えてるんだなと思いました。平気な顔をして日々を過ごすオトナたち、すごい。
もちろんオトナだけではないですね。人によってはもっと早く両親を亡くしている人もいるでしょう。それを乗り越えている人間、すごい。

そして本当に結婚してよかったと思います。
これを乗り越えていくのは、ひとりでは辛い。妻が隣りにいてくれることは本当にありがたい。

だけど、そんな妻ともいつか別れるときがくるんだなあ、なんて考えてしまうこともあります。できれば自分が先がいいけれど。

だからこそ「短い人生、自分のやりたいことをやろう」とか「後悔のないように生きよう!」なんてことをよく聞きます。何やらすごいことをやっている人がインタビューなどで「誰それが亡くなったときに、人生何があるかわからないなと思って‥‥」とよく話しています。

だけど、今の自分はどうにも無気力なんですよね。
毎日やる気が出ないですし、そもそもやりたいとも薄らぼんやりとしてきました。

これは父親がこうなったからというわけでもないでしょう。元々やりたいことがハッキリとあった人間じゃないですし。何も考えずに楽なほうへと流れていった人間です。

それでも少しずつやりたいことを見つけていけたらいいなと思います。精力的に活動して、活躍している姿を両親に見せたいですからね。

まとめ:父親に腺がんが見つかった。何もまとまらないけれど、やることをちゃんとやろう

大した整理もせずに書きはじめたので、何を言いたいのかわからないことになっているかもしれません。

整合性が取れているかも怪しいです。もしかすると前半と後半で言っていることが違うんじゃないの? なんてこともあるかもしれないです。

それでも、だらだらと書いてきて思うことは、「父親とちゃんと話そう」「親孝行をしよう」「両親に心配はかけないようにしよう」ということ。そして妻に感謝。

本当に人に読ませる気もないようなブログになりました。まあ、自分の頭の中が少しだけでも整理されたように思えるので、よかったのかもしれません。

日記じゃなくて記事を書かなきゃなんですよね。でもその記事とやらもつまるところは自己満足でしょうから、これでいいのかもしれません。最後まで何を言いたいんだ。

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