家族経営の町工場を退職することが決まって1ヶ月間は、僕が身につけた技術を社長に教えたり、そのマニュアルを作っていました。
そこらへんの中小企業にはないレベルのマニュアルが作れたと思います。
もしも自分が右も左もわからないころにこんな資料があったなら、ということを第一に考えて作りました。
「職人技」や「感覚」などの曖昧な言葉ばかりでほぼ何も教えてもらえない職場で、我ながらよくやってきたものです。
マニュアルを作ってみての感想は「『職人技』や『感覚』は言語化できるし、大したことやっていない」ということでした。
今回は町工場で6年働き、業界トップレベルの品物を作っていたと自負している僕自身が感じたことを書いていきたいと思います。
かなり狭い分野なのでぼかして書くことになりますが、「職人技」とやらに思うところがある方々の参考になればと思います。
「職人の世界」とやらに入ってすぐに感じたこと。
前の職場の求人票や面接でやたらと強調されていたのは「職人」という文言でした。
「職人技」「職人の世界」「感覚」「イメージ力」‥‥。
当時はそういう言葉に憧れていましたし、自分も「職人」になろうと思っていました。「手に職がつく」と思っていました。
しかし入社して待っていたのは、研修とはとても呼べない放置の時間。やることをざっくりと伝えられて、コツや注意することは何も教えられませんでした。
失敗して壊してしまうとイチから作り直しになります。
失敗して社長に報告しに行っても「感覚が養われていない」としか言われません。
何も教えられないので「なぜ失敗したのか」「次はどこに気をつけたらよいのか」と対策を立てるのに苦労しました。
図面の読み方すら教えてもらえないので、最終的に自分が作るものすらわからないままでした。
完成品も見ることができず、ただ闇雲に手を動かしているだけの状態でした。
これが「職人の世界」なのかと自分を納得させていたように思います。
しかしこれからやることの意味やポイントくらいは教えてくれてもいいのではと思っていました。
約1年。「職人技」とやらが、少しずつわかってきた。
入社してから約1年で、なんとか一通りの仕事ができるようになりました。
当時の社長が言っていた「うちで一番むずかしい仕事」というものも僕がやるようになりました。
嬉しくもありましたが、その一方で残念な気持ちにもなりました。たった1年で「一番むずかしい仕事」を任せられるような状況は、「底が浅すぎないか」と。
そのころには、この道20年以上の社長の技術レベルにも疑問が湧いてきていました。
明らかに仕事が雑で、入って1年の自分のほうが丁寧な仕事をしている。品物の精度も、ロウ付けの丁寧さも、明らかに自分の製品のほうがキレイでした。
やがて会社に後輩が入ってきて、後輩の研修は僕が担当することになりました。
研修するにあたって研修スケジュールの作成からはじめました。
作業工程を書き出して、身に付けなければならない技術を挙げていきました。
すると、大した量じゃないのです。
大した量じゃないし、大したことをやっていない。
言語化すると3ヶ月程度で習得できる「職人技」。
僕が1年ほどかかってたどり着いたものは、研修をしてみると多くの人が3ヶ月程度で身に付けられるものでした。
まずは図面の見方を教えて、完成品も見せて、これから自分が作るものをしっかりと認識させる。
それから大まかに工程を説明して、その工程をやる意味を説明する。
失敗することがあったら、なぜ失敗したのかを一緒に考えて、次に気をつけることを助言をする。
ノートタイプのホワイトボードを購入して、それに板書しながら教えることもありました。
結局やっていることは、普通の会社では当然行われているであろうことです。
なにも特別なことはしていないと思います。というか研修ってこういうもんでしょう。
それでも、やはり言葉では伝えにくいことがあります。
手に伝わる振動の違いであったり、音の差であったり、感じながら進めていく工程もあります。そういった微妙な違いで数ミクロンやナノメートル単位の精度で仕上げていきます。
だからといって伝えようとする努力はするべきです。
振動の違いを感じてもらうのであれば、自分がやってみせます。伝えたい振動が出てきたら、後輩に渡して実際に手で感じてもらえばいいです。
音だって実際に聴いて、良いときと悪いときを聴き比べてもらえばいいですし、録音したっていいです。
擬音語でもなんでもいいですし、感覚的な表現だとしても言葉にして伝えてあげるだけで何も教えないよりはいいです。
「自分がどんなことを感じて、意識しているのか」を伝えることもできます。
感覚的な部分は人によって違いはあると思います。
そうは言っても「感覚は教えられない」なんて放置するよりは、明らかに近道だと思います。
何を感じて仕上げ加工を成功させているのか、なぜこの振動が発生しているのか、などと考えることは、自分の技術レベルの向上にもつながります。
言語化することによって、自分のパターンみたいなものがしっかりと確立できますから、成功の再現性が高まります。
なぜ「職人技」を「伝える努力」をしないのか。
研修をしてみると3ヶ月でそれなりの技術が身に付けさせることができました。
しっかりと研修制度を作ってあげたほうが会社にとって明らかにプラスになります。それまで1年以上かかっていたのに、3ヶ月で戦力になるわけです。
一通りのことができるようになると会社の実情が見えてきます。
社長の技術レベルが大したことがなく、楽な仕事しかしていない状況に気づいてしまい、社長と衝突をしたり、呆れて辞めていく後輩が多くいました。
これはまた別の話ですが‥‥。
しかし、なぜちゃんと仕事を教えてあげないのか。
これは「職人」という言葉のせいだと思うんです。
「職人」という言葉の魔力
「職人」「職人技」「職人の世界」‥‥。
素晴らしい言葉の響きです。
僕が町工場で働いてみて感じたのは、これらの言葉が魅力的だということです。
「自分は職人だから」というと、仕事を教えなくても許されるような雰囲気があります。
「職人」の働いている場所は、整理整頓がされておらず、汚れていてもむしろいいように思えます。
「職人技」というと、それをやっている自分が超絶的な技術を持った人間だと思わせてくれます。
実は大したことなんてやっていません。
特殊能力を持った人間なんてそうそういません。実際に丁寧に教えてあげると、誰にだってできることです。
技術を抜かれるのではないかという不安
伝える努力をしていない一方で、簡単に教えたくないという気持ちも持っています。
後輩を研修しているときに、社長や社長の母親から言われたことがありました。「優しく丁寧に教えすぎ。もっと突き放せ」と。
突き放したところで、不安だったり会社への不信感が募るだけです。丁寧に教えないのは単純に成長のスピードを遅くさせるだけです。
結局、しっかりとした研修をしないのは自己保身のようなものなのではないでしょうか。
- 丁寧に教えるとすぐに自分の技術を超えられてしまうかもという不安
- 自分は研修なんて受けたことないから、それでよいという思考停止
小さい会社は足の引っ張り合いをしているヒマなんかないはず
1年目の人に抜かれるかもしれない程度しかないのであれば、抜かれないように腕を磨けばいいだけです。
それに小さい会社だからこそ、足の引っ張り合いなんかしていられません。
みんなが仕事をできるようになれば、一人に難しい品物が集中せずに全員の負担が軽くなります。
結局僕が惜しみなく後輩たちに仕事を教えたのは、将来的に自分が楽できるようになると思っていましたし、そもそも簡単に抜かれない自信がありました。
経営者であり、現場のトップである社長が率先して技術を高めて、惜しみなく教える。
社長がそんな人間だったら、もっともっといい会社になっていたんでしょうね。
まとめ:超人的な職人なんて存在しない。言語化して伝える努力をしないと!
僕が「職人の世界」とやらに6年間身を置いていて感じたことを書きました。
僕は基本的に超人的な能力を持った「職人」なんて存在しないと思っています。6年間働いた結果、「職人」や「感覚」という言葉が大嫌いになりました。
感覚だから教えられないなんてことはないです。感覚だって伝えられますし、伝える努力はするべきです。
しっかりと技術を伝えて、全員が業界トップレベルの技術を身に付ける。切磋琢磨しあって、技術開発も全員で取り組める。
僕が教えていった後輩が辞めなければ、今ごろは素晴らしい会社になれていた気もするんですけどね。
やはり教育制度がしっかりとしていない会社は、ちゃんとしていない会社です。結局僕もその会社を去ったわけですし。
次はどんな仕事をするかわかりませんが、求人票や面接で「職人」という言葉が出てきたら辞退しようと思います!